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【 E-Style 過去ログ 】

 

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2005年11月のE-Style
2005年 11月 29日 [火曜日]
一般質問<要旨>
私も単刀直入に伺うつもりであった市長訪米の意志については、原田議員の質問の答弁で12月19日の週に訪米する旨の意志を示したので質問は以下内容となります。
尚、本文は正式な議事録とは異なります。


「原子力空母配備の方針決定を受けて、市長の今後の行動について、安全保障条約を肯定した上での立場で質問をいたします。また、すでに今回10人の方が登壇され、私が最後となります。米国筋も注目していると考えられる今回の定例会で、議員として本会議という公式の場で言葉を発するということは、米国へのメッセージを発信することにもなると私はかんがえておりますので、、蒲谷市長は、米国への直接要請に行う旨の答弁をされていますが、訪米については、確認させていただくと同時に、また効果的な手段についてをお伺いしたいと思いますので、発言通告にもとづいて質問をいたします。よろしくお願いをいたします。
まず、冒頭に申し述べました安全保障条約を肯定する立場から横須賀市長へ申し上げたいことは、周辺国との緊張関係がある中では、米国との良好な関係を保つことは、米国にとっても、そして日本にとっても必要なことであると考えます。こういった国の示した方針に従って、横須賀市は安全保障条約を尊重し、米海軍基地とは良好な関係を築いてきたと考えています。これまでしっかりその役目を果たしてきた横須賀市だからこそ、自治体の意向を声高に主張すべきであると考えますし、主権国家の地方自治体である横須賀市にはその権利があります。
10月28日、横須賀米海軍基地に原子力空母配備の方針決定が米国政府より公式に表明されました。これまで、原子力空母の配備の可能性について、米国側の要人のいくつかの発言の中から、JFKという選択肢がまだ少しだけ残されているとわずかの希望を持ちつつ、その反面、何も決定していないということと「突然突きつけられるのではないか」という不安を感じておりました。抱えていた懸念が現実化し、言葉を失ったことはいうまでもありません。
今まで通常艦を望む旨の再三の要請にもかかわらず、不明瞭のまま時間が経過し、それまでの要請を一蹴してしまうかのような今回の政治判断には、地方自治体の議員として大きな衝撃をうけました。
今回のことについて、駅頭を通じたまちの関心は薄いと感じるときもありますし、時には、原子力空母配備の決定に賛成する旨の意見を伺うこともあります。
しかし、そうであったとしても、市民の方へ危機意識をもっていただけるように、情報を提供することであり、そして、関心を持ってもらえなくとも、そして今回の国の方針に賛成する方がいても、私はこのまちの市議会議員として、想定されるあらゆるリスクから市民を守るための選択をまず第一にしなくてはいけない。そして、国家間の取り決めといえども、通常艦という選択肢がわずかでも残っているのならば、それを求めていくことは責務であると感じています。それが、市長であれば、なおさらです。また、「もしJFKが決定したとしても、JFKの運用は2018年まででそれ以降、同じ問題が浮上するじゃないか」というような意見を聞くこともあります。しかし、それは逆に様々な提案ができる十分な時間が稼げることであり、横須賀にとって非常に大きな意味を持つことなのです。
この間に、在日米海軍との高度な防災協定を進めることもできるかもしれない、沢田前市長が以前国へ要望としてあげていた米国政府に通常艦つくらせるという提案や、また極論ですが、日米安保体制上、そしてアジアの平和の貢献にどうしても日本に空母が必要であるというならば、日本政府がつくるという選択肢も生まれるかもしれない。米国や世界の情勢が変わるかもしれない。横須賀も日本政府も納得できる恒久的な結論を出すことができるかもしれない。今回JFKを横須賀へ配備することの重さの意味はこういうことであると考えます。
私は今回の合意決定は、これまで日本の地方自治体の要請を受け、希望を承知していたはずの日本政府の自らの意思で合意したものなのか、日本政府として本当の意思であったのかを疑問に感じます。私には、日本政府は、米国政府の押し切られるまま、追従するような形をとったとしか思えません。

今回の横須賀米海軍基地への原子力空母の配備について、J・トーマス・シーファー米駐日大使やジェームズ・D・ケリー在日米海軍司令官は、原子力空母の安全性を訴えておりますが、日本は米国とは違います。米国の落とした核爆弾によって悲惨な結果への反発がいまだ払拭されていない日本は、上院下院議員が地元の港へ原子力空母を誘致するような動きを見せている米国の論理はあてはまりません。日本と原子力空母が配備されているサンディエゴやノーフォークとは、国民感情に大きな隔たりがあり、米国政府が自国同様にすすめることは非常に乱暴なことであると考えます。
また、シーファー駐日米国大使は、10月28日の声明の中で、「米国政府は、横須賀市民の長年にわたる米国海軍への友情を光栄に思い、これに対し深く感謝しています。今後もこの友情関係をより一層深め、強固なものにしていくため、米国政府として、出来る限りのことをしていきます」としていますが、 地元が理解を示さないまま配備するのであれば、これまで築き上げてきた米国海軍との間に深い溝が入り、良好な関係を保つことは難しいと考えます。良好な関係を築いてきたからこそ、配慮すべきことあったのではないかと言わざるを得ません。
日本は主権国家です。尊重されるべき、そして良好な関係を築いてきた地元の納得がいかないと言ってるのです。

さて、米国政府の方針決定を日本政府も同意し、両政府による日米再編の大きなうねりが日本列島に具体的な形でこれから押し寄せるわけですが、これが最終決定なのか、そうではないことを市長も認識されているとおりです。
原子力空母の配備は米国政府と日本政府の間ですでに同意はなされております。しかし、このことは政府間の方針の合意決定であり、最終的な決定は両国の議会承認を得てからとなります。

今回の米軍再編は米国政府の意志決定のもとおこなわれる事態です。
その意志決定をした米国政府と最終決定権をもった米国議会へ市民の安全を守るべき自治体首長の責務として、「通常艦の継続配備」を直接訴えるべきであると考えておりますし、さきほどその意思を明言されましたので、確認の意味でお伺いしますが、12月19日から23日の間に訪米されるという認識でよいのでしょうか。そして、訪米されたあかつきには、米国政府と日本政府の間にどんなやりとりがあったのか合意決定までの真実を自治体の首長として、その目で見てくる必要があるのではないでしょうか。また、今が重大な時期であると私は捉えておりますし、直接要請を米国に行うのであれば、これまで通りの通常艦継続配備を望むだけの要請にとどまらず、米国政府・米海軍の軍事戦略をしっかり認識をした上での戦略的な要請とする必要があるのはないでしょうか。市長のお考えをお聞かせください。以上で私の第1問目を終わります」。


再質問では、次のようなことを主旨として具体的に聞きました。

1.日程的な認識について〜訪米が効果的に行える時期〜

米国がクリスマス休暇という議論は別として、私は一刻の猶予もない、時間はないと考えている。なぜなら、日本政府の来年度予算案の基礎となる、財務省原案の閣議提出は毎年12月20日に行われている。そのわずか数日後に政府案閣議決定する。予算案国会審議が毎年1月中旬開始され、予算成立については3月中旬だが、この財務省原案に、今後の横須賀米海軍基地にかかる工事費等について記述があれば、12月20日以降は、これが既定路線となってしまい、現状の国会では、政府案を覆すことは非常に難しくなる。
この財務省原案が提出される前に、米国議会への働きかけを行うべきである。市長は、こういった厳しいスケジュールをしっかり認識しているのか。


2.戦略的な要請について

要請を効果的に行うには、米国政府・米海軍の軍事戦略をしっかり認識をした上での戦略的な要請の必要性がある。
合理的な考え方の米国、その国の議会へ働きかけを行うということは、これまでの原子力空母の安全性を疑義とした通常艦の要請だけでは非常にインパクトに欠ける。また、彼らも我々同様に、第1に自国のメリットまたは地元のメリットを最大限に考えて行動するということを念頭におく必要がある。「米航空母艦ジョン・F・ケネディ退役案−議会向け論点と選択肢」について書かれた米国議会調査局報告書(CRS)によると、国防総省が提案する航空母艦11隻体制について、議会内でさまざまな議論が起き、12隻体制を維持する声もある旨が記されている。航空母艦12隻体制の声は根強く、米国議会内でも、JFK退役をめぐって様々な議論や意見がある。
JFKの退役延長と空母12隻体制の維持を望んでいる議員のすべてが、国力の維持だけでそのことを主張しているわけではない。今後の新造艦を含む原子力空母の配備計画、フロリダ州メイポートにジョージ・ブッシュが配備されれば、フロリダ選出議員にとって、JFKは不要となり、退役OKの可能性がある。また今後海軍と国防総省は航空母艦を10隻9隻と減らしていくことを検討していると聞いている。影響を受ける可能性のある航空母艦の母港となっている地域にとって、由々しき状況となっているのではないかと考える。また、今回、バージニア州ノーフォークを母港とする原子力空母ジョージ・ワシントン(11月27日付け報道)が横須賀への配備になるとの報道もあったが、現在、ノーフォークには5隻の原子力空母の母港でありますが、原子力空母を1隻動かすことによって、家族を含め1万人近い人間がノーフォークから去ってしまうことの経済的影響があり、原子力空母を動かしたくないとの思惑もある。このノーフォークのあるバージニア州には、共和党の上院議員で、軍事に関して大きな采配をふるえる上院軍事委員会委員長の地元でもある。そういった様々な思惑と利害関係を掌握した上で要請がインパクトはあるのではないではないか。
米国議会への訴えを行う場合、どういった方たちに焦点をあて、どういった内容で要請されるのか。そして、日米同盟の基盤安定のためには、米海軍基地と横須賀の友好関係維持は欠かせないことをもっと強調して訴える必要もあると思うが。市長は訪米を効果的に行うための手立てを考えているのか。
2005年 11月 28日 [月曜日]
明日から第4回定例会スタート。
明日から第4回定例会がスタートします。明日は一般質問の日です。
今回は11人が登壇する予定ですが、そのうちの8人が原子力空母の母港化問題について取り上げると聞いています。
今回は原子力空母以外のことに関する原稿も用意したのですが、あえて、原子力空母の母港化に関すること1本に絞りました。また、質問もほかの議員の皆さんと重複する可能性もありますが、質問自体も絞りました。
さて、一般質問の順番は、議会運営委員の議員の皆さんがクジで順番を決めるのですが、
なんと、私は11番目中11番目。(涙)
通常、質問が重複すると同様な質問を控えるルールがあります。
でも、今定例会は、米国の方針決定を受けて、市長に限らず、横須賀市の議員が原子力空母の母港化についてどんな考えを持っているか、日本政府はもちろん、米国政府、米国議会が注目している中での議会と私は捉えています。
明日は議員としての意志を送るつもりで、本会議に臨むつもりです。
2005年 11月 23日 [水曜日]
第1回蒲谷市長のまちづくりミーティング 
18日に久里浜行政センターで、蒲谷市長の第1回目のまちづくりミーティングが行われました。まちづくりミーティングとは、市長が各行政センターのある地域にいき、市民の方から「生の声」をいただくことによって、市民の皆さんとの意見交換を行い、ともにまちづくりを考えていこうとするものです。

当日は午後から熱で寝込んでいたのですが、私自身もこういう形で市長がまちに出られることを望んでいたし、第3回定例中に私の質問の中で市長が詳細に答弁されたこともあったので、服を着込んで会場へ向かいました。
会場は、席数が足りなくなるほどでした。
事前にとった質問や要望を含めた市長からの話があり、その後会場に参加している方の質問に答えるという形をとっていたようです

選挙のときから感じていたのですが、蒲谷市長は喜怒哀楽がないのかと思うことがあり、もっと、アグレッシブに想いをぶつければいいのに感じることもしばしばありました。しかし、段々と、喜怒哀楽がないのではなくて、気持ちを表情や言動などではあまりあらわさない人なんだということが徐々にわかってきました。
そんな市長がタウンミーティングには、どう望むのだろうと思っていたのですが、
市民の質問に一生懸命答えようとする市長の姿勢をなんとか感じとることができました。
「良かったわよ」という市民の方の声もありましたが、私は、第1回目ということもあると思いますが、市民の方の質問の受け方を含め、進行管理などに問題点があるようにも感じました。また、まちづくりミーティングは、“「生の声」を頂戴し、幅広く活発な意見交換を行う”場であるにもかかわらず、意見交換をする時間が短く感じました。
後日、市職員の方と話していて、同様に考えておられて、改善したい旨を示してました。今後さらに期待をしたいと思います。
(その後、22日の田浦行政センターでの2回目は急遽予定が入って行けなかったのですが、いろいろ改善したと聞いています)。
2005年 11月 21日 [月曜日]
大学でのミニ講義
今日、ゼミの教授の依頼で明治大学学部生の授業で議員の仕事についてお話をさせていただきました。
ミニ講義は、議員報酬や政務調査費、また選挙の手法に関する質問や疑問を投げかけられました。どうも、議員=国会議員というイメージが強いらしく、=お金につながるようです。
このことは、会社時代や学生時代の友人も似たような感覚があって、新幹線のフリーパスを持ってるんでしょとか、料亭にいってるんでしょとか言われることもあるのですが、そのたびに違うんだよと言って、説明をしています。よっぽど、会社員時代のほうが、こ洒落たレストランに行ってました。

さて話をもどしますが、私の活動手法としては、政治献金はもらっていないということや地元意識を持たず、バックアップをする団体や後援会も組織としてはないため、何にとらわれることなく自分の意志で自由に発言できていますということをお伝えしました。
また、議員のこれからの方向性についての問いかけに、
これまでは、行政のチェック機関に過ぎず、議員がしっかりとした政策を作って、行政側へ提案をすることがほとんどなかった。政策を企画立案できる議員はこれから増えていくだろうと答えました。少なくとも私の周辺にいる議員はそういった気概を持っている人たちばかりですと。
わずかな時間でしたが、とても緊張しました。

ひとつだけ気になったことが、生徒さんが座っていた席の位置が後ろに集中していたことです。私が行っている大学院は、前から埋まっていくのに。
社会人になって何が勉強したいか、しっかりとした目標意識をもって自分のお金を使っていくことの違いですね。
いやいや、自分の大学生時代を知ってる私から偉そうにいえることではないのですが…。
明治大学のK教授の授業を取られた皆さん、私のつたないお話を聞いてくださってありがとうございました。
2005年 11月 19日 [土曜日]
建設常任委員会の視察
15、16、17日は建設常任委員会の視察で九州方面へ行ってきました。
初日の鹿児島市では、活力の落ちた駅周辺の活性化計画ついて話を伺ったのですが、整備が済んで活気を取り戻した段階で、成功事例として視察すれば、それなりに意義はあるのかもしれないが、これから整備事業を行う段階での視察には疑問を感じました。そして、話を伺って思ったことは、このまちがどんなまちになりたいのかが見えなかったということ。首都圏と変わらず便利で何でもあるまちはまちとしてのオリジナリティというか、ケースによっては魅力を失ってしまうのではないかと感じます。このことは横須賀市でも言えることなのではと思いました。

同日、鹿児島ふれあいスポーツランドも視察しました。広い敷地に屋内プール、運動場や運動施設があり、いずれも広々としており、多くの人でにぎわっていました。ここの施設は、指定管理者制度が導入されており、民間企業が運営管理を行っています。
市民の憩いの場となっていることは喜ばしいが、我々が見に行く意義があったのか疑問に感じます。

翌日は、国営吉野ヶ里歴史公園を視察しました。
以前、新聞の1面トップを飾ったことと名前に不思議な音感で印象に残っていた地です。広大な土地に、住居跡のあった上にそのまま高床式の住居や倉庫を復元しています。残念ながら、現代的にアレンジされてしまっており、古の時代に想いをはせることは難しく感じました。この国営公園を見に行った意義としては、大楠山国定公園とまちづくりに関連してですが、残念ながら私にはこの関連性を見つけることはできませんでした。

3日目は、まち歩き観光ルート整備事業について長崎市を訪れました。
長崎市は、山々の中腹をすり鉢上に家がいくつもの層を重ねるように立っており、圧巻でした。街並みはレトロとモダンが入り混じった不思議な感じ。
長崎は来年「さるく博」という日本ではじめてのまち歩き博覧会を行うとのことで、主にこの観光誘致事業の視察を行いました。※「さるく」とは、ぶらぶら歩くという長崎弁。
長崎ならではの歴史や風物、かくされた謎を紹介する何十ものコースを市民ガイドが中心となって案内するそうです。観光誘致事業はまちのいたるところに、長崎の歩んだ歴史をいかに見せるかの工夫や思考が凝らされており、聞いているだけでわくわくするような気持ちになりました。横須賀市も平成19年に100周年記念事業が控えておりますが、市民や100周年記念行事を目的に訪れる人たちがわくわく感がもてるようなものにしたいと思います。

さて、その長崎の最終日の朝、坂本竜馬が設立した亀山社中が昔のまま現存されていることを聞いていたので、どうしても見たくて、朝食前の早朝6時台にホテルを出て、1時間程度市内を見てきました。(もちろん、自費です)。
亀山社中は古い民家でしたが、今にも、門をくぐって竜馬が飛び出してきそうな感じで、竜馬もここから長崎のまちを見下ろし、港を出入りする船を見ていたのかなと思いをはせるには十分なシチュエーションでした。坂本竜馬の設立した亀山社中はファンにとってみれば、あこがれの聖地のようなものではないでしょうか。この場所に年間大勢の人が訪れるのは、それは先にも述べたとおり、竜馬の息吹を感じたいからだと思います。
新しく建物を建て記念館をつくったり、銅像の建立をもってして史跡を記念碑化してしまうことが多い中、今なおそのままの姿で残されていることにそのための努力してきた坂本竜馬を愛する人たちの熱意を感じました。私的には、そのまま残すことがまちの魅力につながることを再実感した貴重な時間でした。

おまけ話で、その翌日、特に意識したわけではないのですが、大津駅で駅頭をしました。
駅頭をはじめてしばらくして、大津駅は坂本竜馬の奥さんだったおりょうさんのお墓があるお寺の最寄駅だったことを思い出しました。思い出した時間も、昨日、亀山社中を訪れていた時間でした。なんとなく、おりょうさんに呼ばれたのかなとちょっと不思議な感じでした。「あなたのご主人の思い出が残る地に昨日の今頃いたんですよ」と心の中で思いながら配布した大津駅でした。

さて最後にちょっと辛口なことを書きますが
委員会視察について、毎年感じることは、視察の意義です。
“百聞は一見にしかず”で視察がまったく無意味といってるわけではないのですが、日程的な都合や地理の関係で、明確な目的が見えない視察となってしまうこともあります。この状況のまま、委員会としての視察をこれから続けていくことには疑問を感じます。
もちろん、日程的なことや地理的なことに頭を悩ませながら、大きな労力を割いて調整を行う委員長と市の職員、そして視察地の職員の方には頭が下がりますし、本当に感謝をしています。見ないと状況がつかめないであるとかしっかりとした目的がある中での視察は大いに意義がありますが、現状の委員会視察では難しいと感じます。
また、私たちには政務調査費という研究調査の資金が支給されているのですから、興味のあることは個別に視察にいくほうが、効果的で効率的だと思います。しっかりとした目的があれば、それこそ、海外視察も否定はしません。

今後、議会についての検討委員会が開かれる中、(無所属なので委員メンバーには入れませんが)委員会視察の意義を明確にし、場合によっては見直しや廃止などを機会を捉えて委員の皆さんには伝えていきたいと思います。
2005年 11月 2日 [水曜日]
横須賀市議会 臨時会「原子力空母配備合意の撤回を求める意見書」
今日、臨時会が開かれ、原子力空母配備合意の撤回を求める意見書の提出についての意案が出され全議員賛成のもと可決されました。

以下その内容です。

「去る10月28日、日米両政府は、在日米海軍横須賀基地を事実上の母港とする通常型空母「キティ・ホーク」の後継艦として、2008年にニミッツ級の原子力空母を配備することで合意したと発表した。
この決定は、地元である横須賀市の意向を無視した一方的なものであり、通知を受けた市長は、即日外務省に赴き、配備の再考を要請したところである。
 本市議会としても、本年2月の米上院軍事委員会における原子力空母の配備方針表明に対し、反対する旨の決議を行っており、こうした再三にわたる地元の要請にもかかわらず、何の説明もなく突然発表された今回の合意は、到底容認することはできない。
 よって、国におかれては、地元の市民感情はもとより、唯一の被爆国である我が国の核に対する国民の感情を十分に酌み取り、今回の原子力空母の配備合意を撤回するとともに、米国政府に対し、2008年以降も通常型空母の継続配備を求めるよう強く要望する。
 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する」

提出先は、衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、外務大臣、防衛庁長官、防衛施設庁長官となります。

「ラムズフェルド米国防長官1日行われた記者会見で、在日米軍再編をめぐる中間報告について『両政府が結んだ取り決めで、(実質的に)終わっている』と述べ、来年3月の最終報告に向け、今後見直しの余地は少ないとの考えを示唆した」(共同通信社ニュースより一部引用)とのニュースも伝わっていますが、原子力空母配備の報を受けて、即座に臨時会を開き、意見書を提出したことは、市長と議会があらためて一致団結していることを示したことにもなり、意義のあることと考えます。
2005年 11月 1日 [火曜日]
在日米海軍司令官 ケリー少将
今日、ある式典で、在日米海軍司令官のジェームズ・D・ケリー少将と短い時間でしたが、話をする機会がありました。ジェームズ・D・ケリー少将は、先々月まで、「キティ・ホーク」などが所属する空母司令官を務めてた人であり、そして9月末に現在のポストに就任されています。
開口一番彼の口から伝えられたことは、原子力空母の配備のことでした。
ケリー少将は、とても物腰の柔らかい方で、今回の件についてまちの理解を得たいと懸命さと誠実さ伝わる方でした。
私は、これまでHPや新聞でもお伝えしてきているように、最終決定とは認識していない。市議会としても原子力空母の配備について撤回再考を求めていく旨をお伝えしました。もちろん、ケリー少将ご自身に米軍再編の決定権があるわけではありません。しかし、米軍側の情報収集と分析、その戦略は、われわれの想像を上回るものがあります。こういった席でも、議員として、市民として、米軍関係者、それも在日米海軍の司令官に直接伝えることは、非常に大切なことであると考えます。

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